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私自身が変われたように、
誰かにも変わる機会を与えたい。

INTERVIEW 私がスキナにいる理由

誰かに決めてもらう人生から、自分で勝ち取る人生に。

私がいまスキナにいる理由は入社当時に私が考えていた「スキナで働きたい理由」とは大きく違ってきました。就職活動の時期よりも更に遡りますが、幼少期から専門学生までの20年間の私は自分で何かを決断したこともなく、親や誰かが決めてくれたことを「決められたからやる」という人生を送ってきました。もちろんそんな人生の中では自分にまったく自信も持てなかったですし、「自分なんて大嫌い」とずっと思っていました。

そんな人生を歩んできた私にとって「就職」はある意味「最後のチャンス」だと思っていたのは覚えています。就職にあたっては「冨岡 美紗希」という人間をゼロにリセットする覚悟で「誰かに決めてもらう人生」から「自分で勝ち取る人生」に変えようと思っていました。

そのためにはまず自分に自信をつけたいと思いました。当時の私が自信を持つためにはわかりやすく「誰より早く役職に就く」ことが必要だと思っていました。そういう意味でスキナは「年齢も性別も関係なく活躍できる」会社だったので当時の私が求めているものが得られるような気がしてスキナで頑張りたいと思い入社しました。

入社1年9ヶ月、
21歳で目標は達成されました。

スキナに入社してしばらくは、「目標」や「頑張る方向」もはっきりしていて、とにかくそこに向かって頑張ればよかったのである意味では「楽」でもありました。そして頑張りを認めてもらって入社1年9ヶ月で大阪の拠点責任者をさせていただくことになりました。そうして目標にしていた「誰より早く役職に就く」ということは達成されました。専門学校出身だった私は当時まだ21歳でした。

人事発表で自分が拠点責任者をすると分かった時に自分の両肩にズドンと重りが落ちてきた感覚を今でもはっきり覚えているくらい目標達成の喜びと同時にプレッシャーや不安も相当に感じていました。なにせ当時の私は他人と深い関係を築いていくことが苦手で面倒見も悪かったですから「自分の事は自分で何とかしてください」という意味での「自己責任」を唱えていました。

「役職に就きたい」とは思っていましたが、「チームや仲間のために頑張る」というのは自分では進んで選ぶことのなかった道だと思いますので拠点責任者への挑戦は自分の人生が変わっていく良いきっかけでもありました。

自分が目標にしていたものは、
自分が本当に求めているものではないかもしれない。

目標にしていた役職にも就いてひたすらガムシャラに走り続けて社会人3年目を迎えたとき、成果を出しても評価されてもなぜか自分の中で満たされないものがありました。いつになれば私も「働く意義」や「満たされる瞬間」を感じることができるのだろうかと怖くなったり弱気になったりする時期もありました。

つまりこの頃に私は、自分が目標にしていた「役職に就く」「社会で評価されるくらい活躍する」ということは過去の自分のコンプレックスへの反発心から出てきたものであり本当に自分が求めているものではないと悟ったわけですが、その時の自分の目標を見失って路頭に迷ったかというとそんなことはありませんでした。自分にとっての本当の喜びは何なのかも徐々に見つけていたからです。

私は、チームのメンバーたちが仕事に対して納得がいく結果でなければ私一人がうまくいっても喜べないし余計に虚しいだけだと感じていましたが、逆にチームとして目標達成できたりメンバーが成長を実感してくれたりすることに対しては今までの喜びとは比較にならない次元の喜びを感じることができました。ですから私は新しい目標も見つけることができていたのです。

与えてもらう側だった自分が
今度は与えられるようになりたい。

そうして私は今、私自身がスキナで成長したり変わらせてもらえたように今度は次の誰かにそういった機会を与えられるようになりたいと思っています。

大切にしたいと想えるメンバーたち一人ひとりに対して私も一人の人間として真剣に向き合うことを通じて、私に大きな喜びを与えたくれた「スキナ」というコミュニティに対して少しでも恩返しがしたくて私は今も頑張れているんです。それが私がスキナにいる理由です。

MY PRINCIPLE 私の存在意義